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一平、包みを解く父を被写体にシャッターを切る。
清家、縛ってあるロープをほどき、白布がはらりと落ちると、そこにはダイニング・テーブル、椅子、サイドテーブル……。
リビングを飾る家具が、うずたかく積み上げられている。
フラッシュの瞬きに浮かびあがるように、再び作業服姿の少年たち、整然と現れて、急斜面に上がったかと思うと次々に大の字に寝る。
と、すぐに起きて立つ。正座する。斜面を前後に走って往復する。一瞬止まる。再び、大の字に寝る。起きて立つ。正座する。前後に走る。一瞬止まる。………。
永遠に続くかのような、同じ動作のサイクルが突然止まって「少年A」、あたかも宣言であるかのようにー。


少年A「毎日毎日同じことの繰り返し。でも、ここに来る前だっていつも何かを繰り返してた。やってることが違うだけだ。何も変わらない。いったいいつ、ここから出られるのか。みんな気にしてるけど、僕はまるで興味がない。信じないだろうけど、僕は来たくてここに来たんだ。来てみてそれがはっきりわかった。なぜなら僕は負けたのだから。なぜなら僕は敗北者なのだから。その烙印をくっきりと自分の心と体に焼きつけなければ、僕はここから出られない。」

途端に、ベルの音が鳴り響いてー。
少年たち、整然と去っていくなか、一人の少年が、突っ立ったまま動かない、すでに作業服姿の「少年A」に向かってー。


少年Cおい、東大。
少年A……はい。
少年Cなに、今の作文。反抗?
少年A………。
少年C家族のこと書けっていわれてんのに?
少年A………。
少年Cかっこいいね。
少年A……すみません。
少年Cお前、むかつくね。
少年A………。

少年C、舌打ちして去っていき、やがて少年Aもいなくなる。
清家と一平、家具を出し終え、テーブルや椅子の脚の強度をチェックしたりしている。
久住、家具が包まれていた白布を不思議そうに見ていたが、思い立ったように布の端を持って走り、床に広げてー。


清家何やってるんだ、君。
久住気のせいですかね、この布、内側に模様描いてあるでしょう?
清家それがどうした?
久住なんとなく「ヒト」の形してないっすか?
清家ヒトの……?
一平「人拓」なんだ、それ。
久住ジンタク?
一平魚拓ってあるじゃない、あれの人間版。自分の体にべたべたペンキ塗って、布でくるんでみたんだ。
清家そんなことまでしてるのか?
久住これ、一平兄さんの魚拓なんですか?
一平だから、この布で覆われてた「日常」はひもとかれるまでずっと、清家一平に抱きしめられてたってわけ。
久住……なるほど。そういう意味になるんですね。
清家体のいいこじつけだ。
久住こじつけでもたいしたもんですよ、さすが東大出は考えることが違いますね。
一平俺は東大じゃないよ。
久住あれ、そうでした?
一平一応、出は美大なんだけど。
清家こいつは受験から逃げたんだ。受験から逃げ、そしてニューヨークに逃げた。
一平自分は逃げなかったっていうのか?
清家父さんは会社を辞めなかった。職場で頑張り通したんだ。

インターホンが鳴る。
清家と一平、再び緊張の色を見せてドアに視線ー。


清家
一平
………。
久住さっきの。名前なんでしたっけ? 鈴木?
一平高峰。
久住その人。……ですかね?
清家だったら安藤さんより質が悪いな。
一平(やや挑むように)出れば?
清家出るさ。(向かいつつ布をさし)これ、片づけろ。
一平作品は人に見せるものだ。
清家いいから。
一平父さんは人じゃないんだ。
清家何?
一平まだ見てないだろ。

インターホン、鳴る。

久住……広げたの、私でしたんで。

久住、出し抜けに片づけ始め、ややあって一平も加わる。
一平が加わったところで清家、インターホンに出てー。


清家はい。………。………。………。(切る)
一平誰?
清家静香の声だ。
久住あ、来ました?
一平何だよ、声って。確信ないの?
清家訪問販売にお伺いしました。よそ行きの声だった。
久住静香さん、そんなバイトしてんですか?
一平シャレだと思うけど。

清家、ドアを開ける。
倉成静香、サングラスをかけ、小振りなトランクを持ち、笑顔を振りまきつつ姿を見せてー。


静香どうも初めまして、お邪魔します。
清家……何やってんだ、お前。
静香(ドアを閉めるや)も何、引っ越してきたっていう隣の女。
清家どうした?
静香しつこいのよ、根ほり葉ほり。お宅、清家さん? どういうご関係? そのトランク、ブランドもの?
一平それで訪問販売?
静香兄さん!(サングラスをはずし)元気? 少し痩せた?
一平(久住を示し)お待ちかね。
静香久住さん!
久住ひと足先にお邪魔してたんだけど……。
静香何しに来たの?
久住え……?
静香なんでいるの。
清家お前が呼んだんだろう。
静香呼んでない。呼ぶわけないじゃない。
久住そんな。
清家(久住に)話が違うな。
久住だって静香さん……
静香ちょっと待って。今そっちに……(と斜面を見下ろし)どうやって行くの?
一平荷物、滑らせろよ。
静香割れ物よ。
一平平気だよ。
静香(トランクを滑り落としつつ)ここ、前からこんなにすごかった?
清家お前が今まで気づかなかっただけだ。(久住に)君。
久住え?
清家ぼーっとしてないで手、貸したまえ。
久住手?(清家が手を差し出しているのを見て)あぁ。(とつなぐ)

清家→久住→一平の順に並んで斜面で手がつながれて、人梯子ならぬ「人ロープ」が作られる。
靴を脱いで静香、それを伝って下り始めてー。


久住(自分の前に静香がさしかかって)なんかいつもと……
静香まだ。
久住はい。

静香、ようやく下りてきてー。

静香どういうこと?
久住なんか違う……。
静香約束が違うのはそっちじゃない。
久住その頭……?
静香あぁ。(カツラをはずす)
久住だよね、だよね。びっくりしたぁ。
清家(静香に)お前は呼んでない。この男が勝手に来たんだな?
久住いやですからね。(静香に)ほら、今日皆さんに正式に紹介するって。
静香あたし、そんなこと言った?
久住家族全員、1年2か月ぶりに顔をそろえるからって。
静香それは確かに言った。でもいい? 顔をそろえるのは家族なの。
清家君は家族じゃないだろう。
静香それを言うならお父さんとお母さんも違うでしょう、離婚してんですから。
清家静香にとっては家族だ。
久住あらら、ごもっとも。
静香話したいことがあるとも言った。でもそれはみんなと会ったあと。あたし電話するって念押したじゃない。
久住それが携帯、調子悪くなっちゃってね。来た方が早いかなぁなんて。
清家やっぱり勝手に来たんじゃないか。
久住(清家に)来るの、ちょっと早すぎました?
静香帰って。
久住え……?
静香早いも遅いもない。なんでそう勝手なことするの。
久住勝手なことって……
静香迷惑よ。あたしの立場も考えて。
久住……結婚、考え直そうと思って、る?
静香思ってない。
一平(静香に)するんだろ?
静香するわよ。
一平だったらいてもらえば。
清家お前は余計なこと言わなくていい。
久住あの。
清家何だ?
久住今日、何の集まりなんですか?

一瞬、家族の面々に気まずい空気が流れてー。

久住てっきり私、静香さんと私の結婚のこと話し合われるんだと思って、それなりに覚悟を決めて来たんですけど、違うんですか。
清家………。
一平母さんは? 一緒じゃなかったのか?
静香用事できたからって。もう来ると思うけど。
久住私、お母さんにも毛嫌いされてますから挽回したくて早めに来たんですけど。
静香逆効果よ、そんなの。無遠慮に上がり込ン出るのばれたら、もう二度と会ってもらえない。
一平そんなに反対してんの?
静香反対っていうより拒絶反応。
久住あんたの顔は蠅にも劣るって言われました。
一平なんだそれ。
静香虫酸が走るって意味らしいの。
一平わかんねぇ。
久住でも今日はとことん闘いますから。
清家久住君。
久住……はい?
清家帰ってくれないか。君の勘違いだってことははっきりしただろう。
久住ですけど……
清家君のために集まったんじゃない。
久住………。
静香……ごめん。今日必ず連絡するから。
一平久住さん。
久住はい。
一平名前、久住っていうんだね。
久住自己紹介。まだでした。
清家帰れっ。
静香これ。(携帯電話を渡しつつ)あたしの携帯持ってて。
久住連絡、待ってます。(清家に)それじゃお父さん、数々のご無礼、失礼しました。(と一気にドア口まで駆け上がって)一平兄さん。
一平何?
久住46歳、現在無職。久住常久っていいますんで。
一平またいつか。
静香電話するから。

久住、ドアを閉めて出ていく。
清家、再び、椅子などリビングの家具を点検し始めていてー。


静香……ごめん、父さん。
清家何が。
静香呼ぶつもりなんて全然なかったから、ほんとに。
清家当たり前だ。
一平俺は何となくほっとしたけどな。
清家ほっとした……?
一平静香らしさが戻ってきた。
清家………。
静香父さんも反対よね?
清家反対だ。
静香……それも当たり前か。
清家自分のことばかり考えるな。
一平父さんは何だって反対するんだ。
清家時期ってものがあるだろう。
一平今この時しかないっていうタイミングだってある。
清家それは将来を見ない奴の言い訳だ。
一平このままの生活で将来があるのか?
清家だから今日こうしてこの家に集まってる、1年ぶりに。そうじゃないのか?
一平……そうだよ。
清家………。
一平母さん、用事できたって何?
静香仕事のことじゃないかな。
一平またカルチャー教室始めるんだ?
清家(やや意外)始めるのか?
静香それはないと思うけど。聞いてみれば?
清家………。
一平………。
清家あの男に話したいことってなんだ?
静香……いつかは言わないといけないじゃない。
清家………。
静香話さないほうがいい?
清家話して得することは何もない。
静香後悔したくないと思ってるの。
清家話したほうが後悔する。
静香………。
清家家族のことを考えろ。
一平みんな考えてる。
清家考えてる奴はニューヨークへ逃げたりしない。
一平一番いいと思ったから行ったんだ。逃げたわけじゃない。
清家………。
静香食器持ってきたの。(トランクを取りに行きつつ)母さん、今日こそ自慢の腕を見せてやるって張り切ってたから。前使ってたやつ取りそろえて、5人ぶん。………。

静香、トランクを開けることなく手は止まってしまう。
清家、テーブルを抱え上げて動かそうとー。


一平何?
静香テーブル、移すの?
清家1年2か月前と同じ。元の位置にきっちり置くんだ。
静香そっちじゃ座れないんじゃない?
清家それでも、前は座ってた。
一平もう椅子がもたないよ。
清家さらに補強すればいい。
静香まだ補強のしようがあるの?
一平だいたい椅子が自立しない。
清家釘で打つ。
一平また?
清家お前の言い方を借りれば、この家にもう一度「日常を張り付ける」。
一平………。

一平と静香、父を手伝ってテーブルと椅子を移動する。
清家、金槌と釘を持ち出してきてテーブルの脚を釘で打ち付けていく。1本、打ち終わったところで、見ている一平と静香にー。


清家何見てる。
静香……すごい状況だなぁって。
清家自分たちの日常だろう。お前たちも打て。
一平
静香
………。
清家自分で張り付けるんだ。

一平・静香、椅子の脚を釘で打ち付け始める。
どこからともなく整然と、少年たちの行進が通り過ぎていく。
「少年A」を先頭に、皆一様に唇を真一文字に、遠くを見るまなざし。
整然とした動きのまま、乱れることなく斜面へ上がっていく……。
静香、釘止めがおおむね終わって、一平が抱えてきた白い包みに目を奪われてー。


静香「戻れない旅」
一平戻れない旅?
静香(白布包をさして)このタイトル。外れた?
一平全然×。
清家たいして違わない。
一平そおかなぁ?
静香スーツケースを包んでるんじゃないの?
清家お見通しだ。
一平だからってタイトルに旅ってのは無しでしょう。安直すぎるよ。
静香「かくも長き不在」
清家
一平
………。(驚いて静香を見る)
静香何、あたり?
一平あたり。
清家(突然、大声を出して笑う、かなり笑う)
一平
静香
………。(不思議そうに見合ったり、父を見たり)
静香……大丈夫?
清家……いやぁ、笑ったなぁ、久々に、1年ぶりに笑ったぞ。
静香そんなに受けることだった?
清家いや急に、なんだかおかしくなってきてな。でもお前、よくわかったな。
静香だって兄さんの作品の中で、「包むシリーズ」は家族がテーマだもん。
清家家族が?
静香それ考えるとわかりやすいわよ。
清家………。
静香不在なのは旅に出た兄さんのことじゃなくて、哲平のことよね。
清家(ややあって)そうなのか?
一平あたり。
清家………。


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