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登場人物
清家  均       
清家 一平 高峰美重子
清家 哲平 高峰  昇
高峰不二子
倉成志都美 奥地 行雄
倉成 静香
谷岡 靖史
久住 常久 少年たち


1)あぐらをかく



恐ろしく勾配のついた斜面が眼前に広がっている。
上りつめた先が玄関とおぼしきドアのある壁まで続いているのを見ると、どうやら斜面は「床」であるらしい。
床の上には、巨大な塔と見まごうほどの大きな包みがひとつ。
それはラッピングよろしく白い布で全体がすっぽりと覆われ、口は太いロープで縛られ、高さは仰ぎ見るほど。
今、ドアが開いて清家均、続いて久住常久が姿を見せる。
ともに背広姿、清家はブリーフケースを、久住は紙袋を抱えていてー。

久住すごいことになってますねぇ。
清家………。
久住マジですか、これ、大丈夫なんすか?
清家……君は帰りなさい。
久住いえいえ、そういうわけには……

清家、滑り落ちないよう気を配りながら靴を脱ぎ始めてー。

久住靴、脱ぐんですか?
清家……君は人んちに土足であがるのか。
久住上がるっていうよりこれ、下りてますけど。履いてたほうが。滑って落ちません?
清家帰ればいいだろう、急に熱が出たって言っとくから。
久住誰がですか?
清家君だよ。君は急に高熱が出て、死んだ。
久住生きてるじゃないですか、ぴんぴん。(靴を脱ぎつつ)冷たいなぁ。長いつきあいになるんだから仲良くやりましょうよ、あぁ気をつけてお父さん。
清家………。(動きが止まる)
久住下手すりゃ骨折、入院ですよ、用心しないと。あれ、下りないんですか?
清家誰がお父さんだと?
久住またそんな。他人行儀な。
清家帰れ。
久住ンなこと言われても。この体勢から? (改めて下を見て)帰りますか?
清家私はいいんだよ、私の家なんだから。
久住だったらその手、離さなきゃ。
清家………。
久住びびってる。
清家何事にも心の準備がある。
久住思い切って行きましょう、お父さん。
清家この際はっきりと言っておくがな、結婚なんて私は認めんからな。絶対に許さない。許可しない。断固としてだ。
久住手、離さないんですか?
清家人の話、聞いてるのか?
久住状況を考えましょうよ、まず。ちゃんと安全地帯まで下りて、落ち着いて、それから話せばいいでしょう?
清家話すことなんてない。たった今、終わった。
久住頑固ですねぇ。

清家、谷底のような斜面の下をじっと見ていたが、顔を上げてー。

久住(視線に気づいて)……何すか?
清家先に行け。
久住は?
清家帰らないんだろう?
久住いいですよ。どうぞお父さんから。
清家お父さんじゃない。
久住年長者から。
清家たいして違わん。
久住行けません。人生の先輩を差し置いてそんな不届きな。どうぞお先に。
清家私が行けば後に続くのか?
久住そりゃあもう、たとえ火の中、水の中。

清家、持っていたブリーフケースを滑り落としてー。

清家君の番だ。
久住は?
清家鞄はサラリーマンにとって我が身も同然。
久住………。(首をひねる)
清家そんな目で見るな。
久住………。(反対に首をひねる)
清家じゃあ君もその袋、落とせばいいだろ? それであいこだろう?
久住ワイン、持ってきたんですよ。
清家ワイン?
久住ロマネ・コンティ。78年もの。
清家78年?
久住落としてみてもいいんですが、割れませんかね。
清家78年って確かプレミアもんだろう?
久住100万出すって人もいますよ。
清家そんなに?そんなに?
久住特別な日に開けようと思ってずっと大事に寝かせといたんです。今日は久しぶりに家族全員が顔をそろえるからって。それで思い切って奮発したんですけど。
清家それ割っちゃあマズいだろう。
久住先下りて、下でキャッチしてください。
清家今預かっとこう。
久住………。
清家じゃあ君が抱えたまま行けばいいだろ? そんな目で見るな。
久住わかりましたよ。
清家わかればいいんだ。
久住落とします。(落とそうと)
清家よせ、わぁああああああぁぁ………。

思わず両手を離した清家、一気に下へと滑り落ちる。
清家は尻をしこたま打ったらしくー。


久住大丈夫ですかぁ?(掲げて見せ)ワインは無事でぇす。
清家………。
久住今いきます。
清家帰れ。後生大事にワイン抱えて帰れ。

久住、草スキーの要領であっさり下りてきてー。

久住意外とどうってことありませんでしたね。
清家………。
久住しっかし並じゃないですね、どうしてこうなっちゃったんですか?
清家………。
久住建売住宅だったんでしょう?
清家君はワインは詳しいのか。
久住いやぁ、酒が好きなだけで。
清家ワインは寝かせておけば、それだけ熟成していい味になると聞くが、さすがにそういうわけにはいかんようだな。
久住何がですか?
清家家だよ。家はほうっておいてもひどくなるだけ。ひとつガタがくると、あちこちどんどん悪くなる。そういうもんだ。
久住もともと何が悪かったんですか?
清家君に話すことじゃない。
久住高かったンでしょ?
清家何が。
久住この家。買ったときですよ。
清家二坪でそのワイン1本ぶんだ。
久住(一瞬考え)それって高いんですか?

清家、塔のような包みの上にあがろうとー。

久住何するんですか?
清家高い所は嫌いか?
久住嫌いっていうか、何なんすか、これ。
清家少しでも上にあがろうという気持ち、君にはないのか。
久住はぁ……?
清家向上心のない男に娘はやれん。
久住今、その話なんすか?(駆け寄ろうと)
清家もう遅い。
久住そんなぁ。
清家ひとつ尋ねていいか。
久住あ、はい。私もいくつかお聞きしたいことがありまして。
清家君の質問は聞かん。
久住なんで?
清家聞けばいろいろ詮索したくなる。結婚には断固反対なんだ。だから何も答えない。何も聞くな。
久住そんな身勝手な。
清家尋ねていいか?
久住……どうぞ。
清家雑誌社の仕事、自分から辞めたってことだが。
久住一応、依願退職ってことで。でもあれですよ、次の手はちゃんと打ってありますから、路頭に迷うようなことは全然……
清家そういうことじゃなくて、辞表、自分で書いたのか。
久住形だけですけど。
清家一身上の都合ってやつか?
久住あんなもん、切々と作文書く人いないでしょう?
清家雑誌社にいたんなら文章書くの得意だろう。
久住あらかじめ決まってることですから。ぜんぶ形式だけで。
清家読んでみてくれ。(封書を出して渡す)
久住(受け取って驚き)これ?
清家ン……。
久住辞めちゃうんですか、会社。
清家いいから読んで。

久住、封筒から出して文書に目を走らせる。
すでに塔(?)の上の清家、だしぬけに声を張ってー。


清家「私はこれまでー
久住(やや驚いて)何ですか?
清家君は黙って読んで。
久住はぁ……。(黙読を再開)
清家(再びだしぬけに声を張って)「私はこれまで、日々全速力で駆け抜けて参りました。来る日も来る日もただただ仕事に明け暮れ、それが自分のため、ひい
久住はい?
清家出だしだよ。どうだね、こういう退職願は。
久住……珍しいと思いますが。
清家続き、読んで。
久住………。(黙読再開)
清家(再びだしぬけに)「しかしそれは単なる思い過ごしでありました。実のところ私は、ただただ時をやり過ごし、仕事にも家族にも正しく向き合うことなく、日常にあぐらをかいていただけなのです。」
久住あぐらですか。
清家比喩だよ。
久住これ、小説なんですか?
清家退職願だよ。
久住(首をひねり苦笑しつつ)それで日常にあぐらをかくだなんて……
清家かまわず黙って読んで。
久住あ、はい。(黙読再開)
清家「私は卑怯者です。インチキです。」
久住これも比喩ですか?
清家謙遜してるんだよ。
久住ああ、なるほど。
清家「そのうえ独りよがりで、見栄っ張りで、底意地がいやらしい。」
久住かえって嫌みじゃないですか。
清家「これ以上、私は日常にあぐらをかくわけにはいきません。我が心から敬愛する会社にもこれ以上のご迷惑は甚だ心苦しく、よってここに退職を願い出る次第です。初芝商事株式会社 第二営業部部長代理 清家均」。読んでるか?
久住だってもぅ全部言っちゃったじゃないですか、自分で。
清家一度、言ってみたかった。
久住はぁっ?
清家……これは宣言だ。
久住宣言?
清家誓いの言葉といってもいい。誰かに誓えば決心がぐらつかずにすむだろう。
久住本気なんですか?
清家辞める。
久住初芝っていったらめちゃくちゃ一流商社ですよ。
清家一流じゃない、超一流だ。
久住もったいない。入ろうと思ったってそうそう入れないでしょう?
清家まぁ君は無理だろう。
久住………。
清家気にするな。
久住気にしてませんよ。
清家私だって相当無理したんだ。
久住そうですかぁ?
清家並大抵のことじゃなかったんだよ、ここまで来るのは。
久住そういえば東大、出てんですよね。
清家入るまでも大変、入ってからも無理の連続だ。

清家、不意に塔?から下りると、急斜面に向かってダッシュ。だがすぐにずるずると滑り落ちて、再びダッシュ。

久住何ですか、今度は?
清家こういうの見ると、無性に登りたくなる性格でな。
久住はぁ。
清家それでここまで来た。(さらにダッシュ)
久住………。
清家だが、それももうおしまいだ。(さらににダッシュ)
久住………。


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